GW4 国見をぶらり/義経の腰掛松 @福島県国見町

ここに源義経の痕跡がありました。
 「義経の腰掛松」の名前から想像できますが、彼が座った松が残っているのです。と言っても燃えた残りの幹が分解されて覆屋に保管されている状態です。
 ちなみに、「阿津賀志山防塁」と「義経の腰掛松」の間に養鶏場?があって、鳥インフルエンザを予防する為なのか、物凄く薬臭いです。具合が悪くなるレベルです。お子さんはこの場所に行かせないことをご提案します。


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天然記念物「義経の腰掛松」(国見町大字石母田字笠松)
 江戸時代の紀行文や文学作品・絵図に登場し、街道を行き来する人々が愛でた、名木「義経の腰掛松」がこの地に所在しました。
 平安時代末、藤原秀衡をたより源義経が金売吉次とともに平泉へ下向する際、松に腰を掛けたとの伝説が由来として伝わります。松は、江戸時代の旅人や文人が義経一行に思いをはせる場所となり、「弁慶の硯石」·「伊達の大木戸」(阿津賀志山防塁)とともに義経ゆかりの旧跡地として名所となりました。寛政12年(1800)には、江戸の文人などにより文学碑が建立されています。
 初代の「義経の腰掛松」は、幅10.5m、高さ4m程度、笠松状の優美な樹形から、天下の名松と紹介されるほどでしたが、文政4年(1821)に修験者が蜂を退治
する際、誤って焼失させてしまいます。
 焼失を惜しんだ当時の村人たちは福島市上名倉から美しい樹形の松を譲り受け
、文政6年(1823)に移植しました。松は二代目として、平成26年(2014)3月に枯死するまで、人々に親しまれてきました。現在は、二代目松の一部を接木により育成した三代目の松が、地域の歴史とともに義経伝説を伝えてい未す。
  国見町教育委員会

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源義経と言えば静御前。義経の腰掛松の側には、静桜が植えられていました。
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by geiei | 2018-05-28 04:35 | 源義経 | Trackback | Comments(0)

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