誓願寺 @京都府
2015年 01月 31日
誓願寺のHP
http://www.fukakusa.or.jp/



扇塚の由来
世阿弥の作と伝えられる謡曲「誓願寺」は、和泉式部と一遍上人が主な役となって誓願寺の縁起と霊験を物語ります。
この謡曲の中で、和泉式部が歌舞の菩薩となって現れることが、能楽をはじめ舞踊など芸能の世界で尊崇され、江戸時代から誓願寺へ参詣するその筋の人が数多くありました。特に舞踊家が多く、文化・文政・天保(1804~44)のころに京都で活躍した篠塚流の祖・篠塚文三郎(梅扇)は、幸若の系を引く能楽的な色彩と歌舞的な色彩を調和させた優れた芸風を示したといわれ、天保年間には山村舞とともに京阪で大いに流行しましたが、彼ら舞踊家の中に誓願寺の和泉式部信仰がありました。その信仰を、昭和・平成の時代まで伝承した舞踊家がありました。
誓願寺の「扇塚」に芸道上達を祈願して「扇子」を奉納することには、右のような深い歴史的な意味が秘められているのであります。また誓願寺第五十五世策伝日快上人(15541554~1642)が「醒睡笑」八巻を著作して落語の祖と仰がれておられることも、「扇子」との強い絆を保持するゆえんであります。














