新見駅でも乗り換えに時間があったので駅の外に出てみると銅像が2体あり、説明書きを読んでみると女性の像が「たまがき」で、馬に乗る男性の像が「祐清」ということが判りました。
祐清とたまがき
”祐清”と”たまがき”は、共に室町時代の中期、新見庄に関係する人物です。
当時、新見庄は、京都の東寺(教王護国寺)の荘園でした。東寺から派遣された代官であった祐清が、新見庄へ赴任したときに祐清の身の回りの世話をし、祐清を慕っていたのが”たまがき”です。
祐清は、年貢の取り立てを厳しく行って農民の反感を買い、領内見回りの途中で殺害されました。
たまがきは、祐清の死を悲しみ形見分けを請う書状を東寺に送りました。この書状は、現存する中世の農村女性の書いた手紙としては貴重な資料であり、平成9年に「たまがき書状」として国宝に指定されました。
新見市
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