利府城跡 @宮城県
2012年 03月 16日
その頂上付近が利府城の跡のようです。しかし、その頂上へ続く道の一つは東日本大震災の影響で今も通行禁止のようなので、大きく迂回して登ってみました。
頂上は意外にも狭いのですが、沢山の桜の木があるのできっと春になると綺麗な花見の場所になるんでしょうね!
利府城跡について
鎌倉時代に留守一族の有力者であった村岡氏の館が築かれていましたが、永禄12年(1569年)、留守一族内部の家督相続問題が起き、留守氏の血筋を守ろうとする立場にたった村岡氏と伊達政景(伊達晴宗の三男・留守政景)を養子に迎え、伊達氏の勢力下にあって留守家安泰を図るべきとする伊達派が対立した。この時、村岡氏は村岡城(後の利府城)にたてこもり、戦いましたが、敗れて滅亡したといわれています。その後、永禄13年(1570年)、留守家の養子にはいった政景はこの地に移り、城名を「村岡城」から「利府城」に改めたといわれています。政景は、天正18年(1590年)に黒川郡大谷城に配置換えを命じられるまでの20年間、本拠地としました。
平成19年1月 利府町教育委員会



桜の木を植えた記念碑と思われます。














