堂の下の岩観音@栃木県那須町
2011年 10月 18日
この場所は「道の駅 東山道伊王野」で見た地図で知ったのですが、実際に現地に行って驚いたのは山の中腹にお堂があり、しかもそのお堂の上には大きな岩が露出してあって地震がきたら・・・って心配になりました。でも、東日本大震災でも崩れなかったのだから大丈夫!って勝手に思ってお堂まで登ってみると、このお堂の説明と岩に刻まれた顕彰碑文の説明が書いてありました。これは、お堂まで登った甲斐があったなと思いました。登らなかったらお堂の説明も顕彰碑文の説明も見れませんでしたからね!
ちなみに、このお堂までの石段の数は人間の煩悩の数である108段だそうです。
那須町指定名勝 堂の下の岩観音
「堂の下」の集落の西部に芦野石の露岩が今にも崩落しそうな状態でそびえ、その中腹に観音堂が建っている。
「堂の下」の地名はその地形から起こったものでその麓には昔崩落した巨岩が横たわっている。そびえ立つ芦野石の居壁には、摩崖の像が刻まれていたと伝えられ、近辺に残る江戸時代銘の石仏と考え合わせると、古くから信仰があったものと思われる。また、同壁面には、明治時代に顕彰碑文が刻まれた。
周辺には、エドヒガンやソメイヨシノの古木があり、四季折々の草花も季節を彩っている。
那須町教育委員会



「船山市之助顕彰碑」について
明治27年(1894)日露戦争で、地元・下芦野出身の船山市之助氏が旅順の北方に位置する重要な要害、椅子山に陣取った敵の砲塁をめがけ、先陣をきって攻め入り、椅子山を占拠した事を称える碑文である。
















