小和清水@福島県石川町
2010年 09月 19日
小和清水はオイラが小学校1年生の時に野外学習で最初に来た場所でもあり、その時に担任の先生は「ここの水の飲むと歌を詠むのが上手になるそうですよ。」と教えてくれたのを思い出します。当時は先生が何を言っているのかさっぱり分かりませんでしたが、平安のいにしえ人が関係している場所であればそのような言い伝えがあっても不思議ではないですよね。

和泉式部伝説とゆかりの史跡
石川地方は平安時代の代表的女流歌人和泉式部の生誕の地として、ゆかりの史跡が多く残されています。
和泉式部は王朝の華やかな時代に、紫式部、清少納言と並び称せられた、情熱の歌人です。
幼年時代を玉世姫と言い、この曲木の里の豪族安田兵衛国康の一人娘として生れ、小さい時からその美しさと豊かな才能は遠近に聞こえ、村人たちからも大変親しまれていました。
13歳の時、京の都にのぼり、その美貌と歌人としての才能は当世を風靡し、後世に名を残しています。
この小和清水は、式部の産湯として使われたところで、昔から和泉が枯れることなく湧き出ています。背後の丘は父国康の屋敷後(金子館跡)であり、近くの金子山光国寺は、その菩提寺となっております。その境内には、式部の徳をたたえて村人が建てたと伝わる式部堂があります。
近くには、式部が京の都にのぼる記念に手植え、毎年薄墨色の華麗な花を咲かせたと言う桜坦の薄墨桜跡・湯洗石・髪盥石などがあります。
少し離れて猫啼温泉の櫛上げ石、沢井の清水などがあります。
晩年は生れ故郷に帰り、一人静かに生涯を閉じたと言われており、その墓跡と言われている古金塚もすぐ近くにあります。
父国康夫婦が子宝の祈願をした関山満願寺、表郷村の式部庵跡、化粧の井などがあります。
このように、平安時代の情熱の女流歌人和泉式部は、都から遠方のあぶくまの山々に囲まれたみちのくの里に生れ、静かに眠る伝説を今に伝えています。
そっと耳をこらすと、平安の調べが聞こえてくるようです。
薄墨の桜はいまも咲きにけり 身はふりぬとも名こそ栄ゆれ
小和清水和泉式部碑
娘達は小和清水の水を飲んで涼を楽しんでいました。


「あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな」(百人一首)

山の上に続く道があったので、登ってみました。
白河の関にこの身はとめぬれど 心は君が里にこそ行け
平成17年11月吉日建之 式部の里づくり実行委員会


お嬢さん達との、和やかなひと時が羨ましいですね。
オイラの俳句は脳トレの一種だと思って下さい。俳句ってたまにやるとかなり脳が活性化する気がするんですよね。
賢い訳でも何でもないです。伝説や昔話などが好きになる切欠だったので覚えているんだと思います。













