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江戸五色不動についての考察

先日の記事の中で、永久寺(目黄不動)の看板に、「徳川三代将軍家光が寛永寺創建で知られる天海大僧正の具申により、江戸府内の名ある不動尊を指定したと伝える。」と書いてあったと記事にしました。
 そして、今回の記事を書くにあたって、ネットで「江戸五色不動」について調べると「江戸五色不動」の全てが、その当時にできたのではないようです。ちなみに、この当時は、目黒、目白、目赤の三不動で、江戸五色不動になったのは明治になってからのようです。

 しかし、それでは夢がないので、既に三代将軍家光の時代に、「江戸五色不動」があったと過程して話を進めます。

 まずは、下記urlで地図を見て下さい。
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=101485185649049070612.00048d47dead51328bbe6

 青と黄色の目印が、現在のお不動さんの位置で、赤の目印が以前のお不動さんの位置です。

 とりあえず、以前の場所から移動して現在の場所に移動したお不動さんの場所は無視して、かつ江戸場内紅葉山にあった目青不動はちょっと脇に置いて、それ以外のお不動さんを線で結びます。すると上のurlの地図の五芒星が現れます(赤い線を参照)。
 そして、この五芒星の中心地付近にある家光や天海の縁のある場所ってどこ?って考えてみました。
 また、この五芒星は、やたらと目黒不動のせいでバランスが悪く見えます。これを不思議に思って、目黒不動と目青不動の一直線の延長線を引いてみました(青色の線を参照)。するとわずかにズレますが、上野東照宮のぶつかります。また、先程の五芒星の中心に上野東照宮が在るとも考えられます。

 現在のお不動さん達の位置から考えると江戸城を取り囲んで、お不動さんのパワーで守護する役目を担っているのかと想像していましたが、以前の場所の位置からは上野東照宮、つまり徳川家康と言うか徳川家そのものを守護する意味だったのかな?と想像してみました。家光や天海の本当の意図は不明ですが、お爺さん思いだったと考えれば、ほのぼのとしますよね!?

 ということで、江戸五色不動シリーズはこれにて終了です。
by geiei | 2010-09-04 20:44 | 名所旧跡 | Trackback | Comments(0)

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by 鯨影
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