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可惜橋(あたら橋)

 国道118号線の石川町と玉川村と境を接する少し手前にあった藤田川に掛かっていたのが可情橋(あたら橋)である。
 この由来は、「後三年の役」の際に八幡太郎源義家は、清原一族の乱を追討するため、軍を従えてこの地に来て、藤田城に陣を構えた。その折、川辺に勧請してあった八幡神社に参拝しようとして、この小川を渡り、その橋が丸木を削らないでそのまま掛け渡してあるのを見られて

 石川の館の ふもとの 丸木橋
  削らで かけし 可惜(あたら)橋哉(かな)

と和歌を詠じられたという。これがこの橋が可惜橋と呼ばれるようになった由来である。
 明治時代、三島県令によって、県道の大改修があるまでは、丸木橋の名残を止めていたが、この時に川の両岸に石垣を高く積み、川面より約7メートル余、それに大木が渡され、板土を載せて人馬の往来に堪えていたが、国道の改修によって、今は地名を残すだけとなった。

矢吹広実さんが昭和54年に編集された「野木沢風土記 中野編」より
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by geiei | 2006-03-10 00:00 | 伝説 | Trackback | Comments(0)

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