広瀬橋からこの「兜塚古墳」まで歩いたのですが、正確な場所を知っている訳ではないので、3人もの方々に道をお聞きしてやっと見つけました。
最後はランニングしていた高校生に聞いたのですが、その高校生はこの「兜塚古墳」の存在を知らなかったのですが、いつものランニングコースに「兜・・・」って文字のある看板を見かけた気がすると何とも薄~い記憶ではあったのですが、大凡の場所を聞いて行ってみると見事にその場所に「兜塚古墳」がありました。
古墳に興味がなくとも意外に「兜」って文字で覚えているものなのだと感心してしまいました。
兜塚古墳
この古墳は明治時代後半から存在が知られており、昭和52年に宮城県教育委員会によりその一部が調査されたが、周皇(墳丘の周囲にある溝)のありかたから推して円筒埴輪をもつ帆立貝式の前方後円墳と考えられる。現状は直径約50mの三段築城の円墳状になっており、一部市道で削り取られているが、後円部に当るものと思われる。墳頂は標高約22m(現地表から約5.5m)主軸の方向(古墳の向き)北西~南東で、古墳の造営年代は5世紀後半頃であろう。
宮城県教育委員会
仙台市教育委員会


兜塚古墳に到着する途中で見つけた看板は「木流し掘」