訳あって、この日に行った”ある場所”よりも後に行った増上寺を先にご紹介します。

 ”ある場所”のご紹介は、1週間程度あとになると思います。

 さて、増上寺ですが、地名や駅名にもなっている「大門」を有する徳川家の菩提寺ですが、今あるその「大門」は昭和12年になって再建したものだそうです(しかもコンクリート製)。
 この下の写真でご紹介しているのは通称「三門」(正式名称は「三解脱門」)で、それは三つの煩悩「むさぼり」、「いかり」、「おろかさ」を解脱する門と言う意味だそうですが、オイラはこちらの門が「大門」だとばかり思っていました。なので、「大門」は撮影しておりません。

浄土宗大本山 増上寺のHP
http://www.zojoji.or.jp/

三門と東京タワー


水盤舎
 清揚院殿(三代家光の三男、甲府宰相綱重)の御霊屋にあったもの。
 水盤舎はお参りする前に、この浄水で口をすすぎ、手を洗い、心身を清めるためのもので水鉢には「洗心」などの銘が刻まれていることがある。柱には、水に縁のある建物の特徴として、波を形どった刻り物がある。



大梵鐘
 延宝元年(1673)、品川御殿山で椎名伊予守によって鋳造されたもので、高さ1丈(約3m)、重さ4,000貫(約15t)の大梵鐘。時の将軍家綱(4代)の命により、奥方のかんざしなど多くの寄附を集めて江戸で初めて造られた鐘である。
 
 今鳴るは 芝か上野か 浅草か
 江戸七分 ほどは聞える 芝の鐘

 この大梵鐘は、木更津まで響いたといわれ、江戸庶民に親しまれ、多くの川柳を生んでいる。



勢至丸像
 勢至丸は法然上人の幼名です。徳川家は古くから浄土宗に帰依していて、法然上人を祖師と仰ぐ浄土宗の総本山である知恩院(京都市東山区林下町400)で、家康のお母さんを弔ったそうです。多分、その縁でこの像があるんだと思われます。


木造阿弥陀如来坐像


大殿と東京タワー。ん?東京タワー!
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浅草寺シリーズのラストです。

 浅草寺の直ぐ側の駒形橋の袂に、駒形堂が建っています。

ご本尊ご示現の聖地  駒形堂

 駒形堂は、浅草寺ご本尊の聖観世音菩薩さまが、およそ1,400年前、隅田川よりご示現なされ、はじめて奉安された地に建つお堂。
 昔、この辺りは船着き場で、渡しや船宿もあリ大変な賑わいをみせ、船で浅草寺参詣に訪れた人々は、まずこの地に上陸して駒形堂をお参りして、観音堂へと向かった。
 このお堂のご本尊さまは馬頭観音さまで、今も昔も、この地を行き交う人々をお守り下さっている。
 現在のお堂は平成15年に再建されたもの。
 今もこの地はご本尊ご示現の聖地として、人々の篤い信仰に支えられ、毎月の19日の馬頭観音さまのご縁日には、多くの参拝者で賑わう。
馬頭観音さまのご真言・・・「おん あみりとどはばうんはった」

金龍山 浅草寺


駒形橋より北にある吾妻橋には今も水上バスの停留所がありますので、今も昔も少しは変わらないことがあるようですね。


昔の人が、現在の隅田川の周辺の景色を見てどのように感じるのかな?隅田川の水質を見てどう思うのかな?
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雷門の正式名称は、風雷神門というそうです。
 その名の通り右側に風神、左側に雷神が配置されています。

 このシリーズの冒頭でも記事した通り、浅草寺に行く切欠になったNHKの番組「ブラタモリ」で現在の雷門が昭和35年に再建されたものってコメントを聞いて「へぇ!?」って思ったわけなんです。番組の中ではその証拠として、明治の頃の浅草寺の全景を写した写真を紹介していましたが、仲見世や本堂はあっても雷門が写っていなかったんですよ。



雷神


風神
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浅草寺の本堂、宝蔵門から雷門へ戻る際に、仲見世から一本外れた通りを歩いてみましたが、当たり前のことですが色んなお店があるんですねぇ!?

演歌オンリーのポスターを貼っているレコード屋さん(宮田レコードさん)


「餃子の王将」と「餃子の王さま」だとどちらが偉いのかな?


御神輿が飾ってありました。


皮でできたネコやイヌのストラップ。欲しいと思ったけど、ちょっとお高い・・・。
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宝蔵門と五重塔の朱色が夜の空に映えていました。
 そして、これらを上空から見たらどんな感じに見えるのかな?なんて思いながら上空を見上げると優しいお月様が出ていました。一方、地上の宝蔵門の仁王様は、赤鬼のような形相で観光客を迎えていました。







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